明見鍛刀場  刀鍛冶 賀島三椀

 Myouken Japanese sword factory

製作者




広島県廿日市市で刀鍛冶(刀匠)をしています。

山と川がきれいで、鍛錬場からは宮島が見えます。

島根県奥出雲町で修行し、10年ほど前に独立。

広島に帰ってからは、自慢するくらいお金がなく、とりあえず調べた求人誌の一番給料の高い仕事だった ”ショベルカーの溶接” の仕事に就きました。

原付にガソリンを入れたら、昼飯代を工面出来ないので、会社に行くためにガソリンを選ぶというくらいです。

ガソリンは食えませんから、とうぜん腹は減ります。

重機製作会社で「お前、弁当忘れたんか?」と気にかけてくれた方にウインナーや、玉子巻きをもらいながら、最初の給料日まで会社に参戦、最初に給料が振り込まれた時は、こんなにもらって良いのか?と驚いたことを覚えています。

そんなこんなで、貯金と土地を探し、土地を安く売ってもらって、鍛造機を入れて、それから取り敢えず風を防げる壁を作る。

ようやく日本刀鍛錬場を建てれた訳です。

ここまで、広島に帰って二年くらいです。思ったより早く貯金できました。

最初に始めたのは、夢だった ”最強の金属組織を作る” という中二病的な弟子時代からの夢、

”白紙” という鋼材が、玉鋼に近く、安定した実験をするには良いと考えました。

実験を繰り返し、睡眠時間が足りないので、

重機会社では、休憩時間は、飯を放り込んだら全て寝て過ごす。そうすれば帰ってから仕事できる。

この生活なら実験のお金に困らないと、テストピース実験をしていました。

予定の熱と加工を加え、金属の状態を確認する。朝までもう少し時間がある。

包丁は、マルテンサイト(硬化部)に特化した実験材料として都合よく、現場で酷使するというテスト素材として適しています。

残念ですが、現代刀匠は、”使う刃物” を作れない人が多いです。

自分もその一人だったので、必死で何としてもきちんとした物が作りたいと、もがく決断をしました。

以前は、納得いくものが作れなかったですが、最近ようやく、「物が古びていく過程で良くなる」そういう物まで作れている感じがしています。

江戸時代の刀を見ても、元と先で捻じれの位置に刃先が仕立てられている物があります。鑑賞する人は気付いていませんし、そこまで使用に影響がないと考えているのでしょう。

刀鍛冶が焼き入れをした後は、まだ刃先に厚みがあります。

最初から、刀鍛冶自身が完全に仕上げる覚悟で研ぎあげれば、捻じれなども少なく仕上げることが出来ます。

それに研ぎも上手くなって良いことばかりだと思い、自分で最後まで研磨していると、いつの間にか、刀身を全工程仕上げることが出来るようになっていました。

試しに、自分の研磨で現代刀のコンクールに出品してみたところ、刀鍛冶自身が研磨しても入選するようです。

鞘とハバキ無しの紙鞘で出品したのは自分が初めてだったようで、前代未聞だと黒滝先生からぶつぶつ言われてしまいました。

お金なくて すみません。



変な話ですが、包丁というのは機能の名前だと思い込んでみてから、

初めて包丁に該当する物が現れた時には、一つの物を二つに分ける事が出来る物だと考えてみました。

一回切って「おお!これはよく切れる」という人がいたりするけど、

料理が終わって、「なんか楽」という方が優れていると僕は考えています。

「良く切れる!」は、機能で、「何故か楽」は暮らしなのかな

とくに分析をしなくても、なんか楽な物は、違和感なく楽だったりする。

半年たってから、「研いだことないけど、そういえば家族の誰かが研いでくれているのかな」なんて思ってもらえたら嬉しい。


切れ味、”味” って言うからには、いろいろな要素があります。

光学顕微鏡で見る金属組織の良さも重要だし、

硬さというのも必要。

硬いだけではだめで、同じ硬さでも柔軟だったり、脆かったりします。


切った物がどの様に表面で動くかということも重要。

特に、これは作業性に影響する。

そういう刃物は最終的に「なんか・・・楽」です。

床からまな板までの距離と、作業する人の肘の位置がどこなのか、そういうことも関係してくる。

さすがに沢山の人がいる中で、すべての人に良いものは作れないけど、

無理のない姿勢で使える物を作ったら、「なんか楽なんだよね」と言ってもらえると考えています。


柄を握って包丁と人間がドッキングされた時に、包丁という ”料理中の切る機能” が完成します。

その時の身体の位置が良いと、気づかないうちに楽になる。

日本刀も同じだと思います。

鍬も動かしたときの円弧運動の位置に合わせて先端角度が来ていないと、身体に馴染まない。

道具というのは、それ単品では完成していないようです。


義手や、重機の先端工具のように、ドッキングして初めて完成。

だから、昔の人は、道具を自分の身体から切り離せる身体の一部として大切に使ったんだと思うのです。

今みたいにホームセンターで買って、滅茶苦茶に使って、「ぶっ壊れた」なんて使い方はしなかった。


包丁も日本刀も、本質的にはつながっていて、

使う人の身体の一部になれたら、きっと大切にしてもらえるのだろうと最近よく考えています。



島根県の無形文化財 小林貞法・力夫師匠の元で修行し、

10年目の年に広島県に帰って独立の準備に取り掛かりました。

親方は、平成29年に亡くなりました。



人間は足りない知識と好奇心で、やってみるから間違うわけで、

だけども、失敗に頭を取られず、観察することで、あらためてそこに発見があったりしますよね


前に失敗した人とは違う発見をするかも知れないし、技術が手足のように体に馴染んで、

以前は無理だと思っていた方法が、当然のように出来るようになったりする。

頭の足りない人間が、寝ても覚めても考えるから、突飛な失敗がうまれ、新しい発見ができる。


(↑写真は平成29年12月27日  顕微鏡 掃除中)

■事業所:明見鍛刀場(旧 賀島俊文日本刀鍛錬場)
■所在地:広島県 廿日市市 原 339‐12
■連絡先:e‐mail myouken_tantoujyou@icloud.com 電話 080-6310-9829
■代表者:賀島 三椀  

■古物商許可番号 第731081900008号
広島県公安委員会